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作品作りに対しての想い。

 

前回の記事で書きましたが、こちらでは私の創作に対する考えを書き綴りたいと思います。

 

ただ、私の作品は見る人によって、それぞれ自由に楽しんで頂けたら幸いだと思っています。

ですので、以下の文は「こんなこと思っているんだ〜」と気軽に読んで頂けるとありがたく思います。

 

 

私の作品への思いは主に2つあります。

 

・こころの深い森にコミットすること。

・日常に彩りを添えること。

 

 

(こころの深い森にコミットすることについて)

 

私は自然をテーマに作品をつくっています。

理由は単純に自然が好きだからです。

幼い頃、自然豊かな環境で育ち、家の前は林で、春になるとタケノコが生えていました。

近くでは湧き水が流れ、その水を汲んで魚を飼ったり、

とても綺麗な水でしたのでオニヤンマが産卵に訪れ、それを間近で見たことを今でも覚えています。

近くの草むらにオオイヌフグリが咲くのを見ると、「あぁ、春が来たな〜」と感じていました。

 

そういった原体験が根底にあると思います。

 

しかし、それをさらに深く掘り下げていくと、人への関心が出てきます。

(このことに気づいたのは割と最近です)

 

色々と人生で思い悩んでいた頃、「死」や「生」について深く考えたことがありました。

その中で「死」や「生」、そして「闇」や「光」といった相反するものに関心を抱くようになりました。

 

そういった事柄は自然の中にたくさん溢れています。

蟻を踏んでしまえばいとも簡単に「死」は訪れ、夏に蝉が地中から出てきて脱皮する姿をみれば、「生」は巡っているなあと、感じます。

明るい太陽が沈めば、真っ暗な夜が訪れ、そしてまた暖かな太陽が昇ってきます。

 

当たり前のように巡る自然の摂理。

その中で、「人間は?」と考えたときに単純に「闇」と「光」のように2つに分断できないと思いました。

そして闇の中にも光があり、光の中にも闇がある、そんなことを考えるようになりました。

 

ここから抽象的な例えになってしまうのですが、

その「闇」と「光」はきっとこころの深い部分にある森のような場所に存在している気がするのです。

その森はとても深く「悪」も隠されていれば、同時にまた「光」も隠されているとても大切な森なのです。

けれどその森は、日々を過ごす中でほとんど気づくことはないでしょう。

むしろ森があるということを知らずに日々を過ごしていると思います。

 

でもあるとき、何かがきっかけで、その森の中をさまようことがあるかもしれません。

そこは深く危険に満ちていますが、同時に優しく光りにも溢れています。

そこはあなたのとても大切な場所だから。

 

と、よくわからない例えになってしまいましたが、そんなこころの森を誰しも持っている気がします。その森は一人一人まったく違う森で、一つして同じモノがありません。

 

そんなこころの森にすっと入っていけるものは、音楽だったり本だったりそして絵なのではないかと思います。

 

私自身が、自然を通してこころの森について考えたので、

自然をテーマに作品をつくることで触れられるような気がします。

 

それは作品づくりを通して、きっと私自身も癒されているのだと思います。

 

そんな様々なこころの森にコミットできる作品を私はつくれたらいいなと思っています。

 

 

 

(日常に彩りを添える)

 

 

私たちは日常を過ごす中で、嫌なことがあったり、孤独に苛まれたり、なんとなく生きるのがしんどいなと感じることがあるかと思います。

 

そんな日常から少しでも離れ、絵の世界を訪れ、そしてまた日常に戻ってきたときに、少しでもホッとできるような時間を作ったり、

同じように過ぎ行く日々の中で、いつもと違う気分になれたりなど、

少しでも何かしらプラスの時間をつくれたら素敵だなあと思っています。

 

そんな思いで作品をつくっています。

でもこの2つの気持ちを超えて一番大きい想いは、作品をつくることが楽しいからです。

 

長文になってしまいましたが、ここまでお読み頂き本当にありがとございました。

作品を通して、皆さんの日常に彩りを添えられることが出来れば幸いです。

 

今後もどうぞ、よろしくお願い致します。

 

 

日向野あおい