Book Review『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ

読書の記録。

第一弾は、カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』です。

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ノーベル文学賞を受賞し、今や本屋さんに行けば特設コーナーが設けられている

イギリス人作家のカズオ・イシグロ
 
今まで読んだ作品は、『わたしを離さないで』と『日の名残り』の2冊。
どちらも全く違う世界観ながらも、静謐な文章に引き込まれそれぞれ異なる感動がありました。
 
今作『忘れられた巨人』は10年ぶりの長編作品。
作品の舞台はアーサー王伝説がベースとなった、竜や妖精が存在する5.6世紀頃のブリテン島
 
遠い過去の出来事に限らず、つい最近の事までもなぜか忘れてしまう現象に苛まれたこの地に暮らす老夫婦が主人公。
彼らが自分たちの息子に会いに旅に出るところから物語は始まる。
やがて出会った青年戦士と少年も加え、一行は旅路を進む。
 
ドラゴンや魔法等のファンタジー要素がある中で、血みどろな戦いも描かれ、かなり血なまぐさい。
 
人の残酷さ裏切り、復讐の連鎖。
サクソン人とブリテン人の争いが主で、民族紛争問題を抱える現代と重なってしまう。
(文庫帯で角田光代が「この小説は、今私たちが立つ場所にまっすぐつながっている。」と書いてあるように。)
 
嫌な記憶、辛い記憶。悲しみ憎しみ。
人は忘れる事ができる生き物だけれど、どうしても忘れられないこともある。
 
(以下ネタバレを含みます。未読の方はご注意下さい)



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アクセルとベアトリスの夫婦という単位での憎しみ。
サクソン人とブリテン人という民族単位での憎しみ。
 
その憎しみの記憶をドラゴンの息吹で忘却し、今までなんとか平和を維持してきた。
 
物語のクライマックス。
王の命令でドラゴンを殺そうとするウィスタンに対し、
ガウェインはこの平和を持続させるために、もうしばらくの間ドラゴンを生かすよう懇願する。
 それに対してウィスタンは言う。
 なにを愚かな、ガウェイン殿。大量に蛆を沸かせる傷が癒えるでしょうか。虐殺と魔術の上に築かれた平和が長つづきするでしょうか。誠実に願っておられるのはわかります。昔の恐怖が塵となり、飛び散ることを願っておいででしょう。ですが、飛び散った塵は土の中で待機し、骨は掘り起こされるのを待っています。(文庫p430)
 
ドラゴンを倒し、いよいよ求めていた過去の記憶がよみがえる。しかし、アクセルは身震いする。
ベアトリクスとの懐かしい記憶と共に、霧で覆われていた民族間の憎しみもまた、世界によみがえってしまう事に気づいたからだ。
それこそが、タイトルになっている”忘れられた巨人”。

かつて地中に葬られ、忘れられていた巨人が動き出します。遠からず立ち上がるでしょう。そのとき、二つの民族の間に結ばれた友好の絆など、娘らが小さな花の茎で作る結び目ほどの強さもありません。男たちは夜間に隣人の家を焼き、夜明けに木から子供を吊るすでしょう。川は、何日も流れ下って膨らんだ死体とその悪臭であふれます。(文庫p447)
 
 再び訪れる戦の足音を立てながら、物語は幕を閉じていく。
 
 
終盤、妻を「お姫様」と呼び、終止仲睦まじく旅をしていた老夫婦の、意外な過去が明らかになる。
長年持っていた負の感情に対するアレックスの言葉が良い。
 
 いま思うのは、何かのきっかけで変わったのではなくて、二人で分かち合ってきた年月の積み重ねが徐々に変えていった、ということです。結局、それがすべてかもしれません。ゆっくりとしか直らないが、それでも結局は治る傷のようなものでしょうか。(中略)わたしたちの愛情には傷があるとか、壊れているとか考える方もいるでしょう。しかし、老夫婦の相互への愛が緩やかに進むこと、黒い影も愛情全体の一部であることを、神はおわかりくださるでしょう。
 
私はこの文の「年月の積み重ねが徐々に変えていった」 と、
「黒い影も愛情全体の一部である」が好きです。
 
何でも簡単にかつスピーディーすることが求められているけれど、それだけでは解決できない事が確かにあり、ことさら人の心に関してはゆっくり過ぎて行く時間が変えていくことがある。
そして人の心は明るい部分だけではなく、暗い部分もあって、全部ひっくるめて一人の人間であって、それを丸ごと包み込むことも人間にはできるんだと感じました。
 
 
物語全般を通して語られる争いや憎しみあう人間の姿。
(特に、大量かつ効率的に人間を殺すかを考えられてつくられた、建物の説明はなかなかショッキングでした)
 
老夫婦の愛のかたち。
 
人間の残酷さと強さを物語る、この作品が好きです。
 
忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

 

 最後までお読み頂きありがとうございました。

 日向野 あおい 
 
 
 

あけましておめでとうございます。2018年よろしくお願いします。

あけましておめでとうございます。

昨年は当ブログをご覧頂きまして本当にありがとうございました。

イベントに足を運んで下さった方や、minneを通じて作品を知って下さった方、
たくさんの方にお世話になりました。

2017年は色んな面でしんどいと感じることが多い一年でしたが、
その中で素敵な出会いもありました。

支えて下さる皆さまに感謝しながら2018年も自分のペースで頑張りたいと思います。


さて、今後のブログについてですが、今年から本の感想に力を入れて行きたいと思います。

本が大好きな私は以前から、本の感想はほんの少し…本当にほんの少しだけ書いてました。(2記事くらい)

 


最近、人から「おすすめの外国人作家の本はありますか?」と聞かれた際、とっさに浮かばず、帰宅後本棚を眺め思い出し、翌日お伝えしました。(ちなみにカズオ・イシグロを薦めました)

こういうことがないよう、今後本がぱっと出てくるようになりたいと思い、おもに自分のためにも本の記事をかいていこうと思います。

もちろん作品づくりやイベントの情報も随時更新して参りますので、よろしくお願いします。
(そういった情報はツイッターが一番早く更新されると思うので、よろしければフォローお願いします)

長くなりましたが、2018年もどうぞよろしくお願いします。

日向野あおい